ケープ・ライトのdiary

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ロンドン到着翌日は、12/25クリスマスでした。

イギリスではクリスマスは、日本にとっての正月のような1年の節目にあたる日。みんな家で家族と一日過ごすそうです。

だから地下鉄も、バスもすべてお休み。レストランも一部のファストフード店しか空いていません(スタバもお休みでした)

そんな一日の過ごし方、どうすれば良いねん!?と到着前は途方に暮れていました。

でもロンドンには素晴らしい交通手段がありました。それはレンタルサイクル。
レンタルサイクル用の自転車置き場が市内のいたるところにあって、最初に2ポンド(日本円で380円くらい)払えば借りた自転車をどこの置き場に返しても良いし、30分以内に返却すれば無料という素晴らしきシステム。

その素晴らしき「バークレイズサイクルハイヤー」を一日活用しました。

グーグルマップを見つつ、時計を見つつ(無料の30分を超えないように)ペダルをこぎます。これさえあれば、バッキンガム宮殿にもビッグベンにもすぐに行けます。

街を走っていて印象に残ったのは公園の多さ。数ではなくてひとつひとつの公園が途方もなく大きい。しかも芝生が冬だというのにきれいで鳥や、場所によってはウサギほどの大きさのリスを見かけたりもしました。
そして昨日に引き続き建築物の壮大さに驚きました。ウェストミンター寺院にビッグベンは世界的な観光地で、そんなベタな場所は行かなくて良いかな・・なんて天邪鬼に思っていたんだけど、実際目の前に立ってみるとその大きさや、細部まで緻密に施された彫刻に立ちすくしてしまいます。すごいスケール。特にビッグベンはロンドンの様々な場所から見れて、どの角度から見ても存在感が際立っていました。

昨日あれほど多く走っていたバスも一切見かけない。(昨日は5台連続でバスが通り過ぎたりと圧倒的な存在感だったのに)だから自転車で車道を走りやすく、それも良いタイミングでした。

世界各地から来た観光客はやはり自転車で街を巡ります。スイスイ追い越し、ときに追い越され・・
夜になると自動でヘッドライトが点滅し、それがホタルのように見えて幻想的でした。

河田洋祐

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20150124

昨年の12月、中学時代の友人、SHOが結婚式を挙げるので、祝福をしにイギリスまで行ってきました。

ぼくにとって初めてのイギリス。もうすっかり楽しんで来ました。その時の写真を数回にわたって掲載します。

今回は初日の様子です。


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ドーハ経由でロンドンに入りました。日本を経って21時間。機内食を4回食べて、何度もうたた寝をしてようやく到着。

イギリスのことは映画007シリーズを何作かと、カズオイシグロの小説くらいでしか知らなかったのだけれど、空港から地下鉄を降りて地上に出た瞬間、心が爆発するような衝撃を受けました。

街が、街の雰囲気、建物、人、なんかものすごい!

100年以上前に建てられたであろう建築物が普通に並んで建っていることに驚きました。
おとぎ話の世界のポトンと放り込まれたかのよう。

この日はクリスマスイブ、人混みをかき分けながらひとり「すごい!」と叫びながら街を歩きました。



一番行きたかった、世界最初の写真専門ギャラリー「フォトグラファーズギャラリー」はクリスマス休みでこれは残念だった。

同じようにギャラリーを訪れて休みと知った男性と「せっかく来たのにね・・」「無休って書いてたのにね」なんて言葉を交わしてまた街を歩く。

日本でチェックしておいた雑貨屋、本屋をまわり、繁華街をすごいペースで歩き、到着したその日からロンドンを満喫しました。

多くのお店がクリスマスで休みだったのは残念だけれど、それでもただ歩くことがこんなに楽しいなんて。

この日はビクトリアステーション近くでフィッシュアンドチップスを食べて、ベッドに潜り込みました。


河田洋祐

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20150117


今日で阪神淡路大震災から20年がたちました。

その日ぼくは西宮市に住んでて震災のひどい揺れも、その後の混乱も体験しました。

震災から20年がたったなんて想像できないし、何よりあの時20年後のことを考える余裕なんてまったくなかった。
あの後時間がたってこのように家族や仕事場のスタッフと毎日楽しく過ごしているのは感謝してもし切れないくらいの幸運に恵まれているからだと思います。


当時ぼくは19歳でした。

世の中はすべてが秩序だったものだと思っていました。

信号は赤から青、そして黄色と順番に変わっていったし、電車は時間通り夙川駅に到着し、朝の8時に乗れば決まってギュウギュウ詰めで、午後の1時に乗れば必ず座れました。
アルバイトは9時45分にはじまり、1分でも遅刻をすれば1ヶ月間の時給がうんと下がりました。

それが1995年1月17日までぼくが見てきた世界でした。

でも一瞬にして住み慣れた街は崩れてしまった。信号もつかず、電車も動かなくなりました。
自宅の電気も水道もガズも何もかもがストップ。

テレビで震災の映像が流れると消防車のサイレンの音や、燃え盛る炎や、「早く助けろ!」という怒号などで現場は騒然とした印象ですが、実際の震災直後の被災地は驚くほど静かでした。

車も電車も走らず、人々は(ぼくも含め)何が起こったのか分からず、静かにいました。
静かに公衆電話に並び、静かに給水を待ちました。

目に見えていた秩序は脆く、信号も電車もストップ。アルバイト先は火災で燃えてしまいました。

目に見えない秩序はこういう時もへっちゃらなようで、みんな列になって給水や炊き出しに並びました。
一番近くで営業している銭湯の場所を教えあい、信号だって消えていたのに渋滞の国道はクラクションを鳴らす車はありませんでした。

崩れたもの、崩れなかったものをこの目で見ることができたことはぼくにとって、これまで生きた中で最も重要な事で、あの強烈な揺れとともにその記憶は忘れないものだと思います。


ぼくは、震災の起こった時19でした。
震災まで約20年生きて、また震災後も20年生きました。

これから震災後に生きた時間が長くなってゆき、少しずつ震災の記憶も遠いものになってゆくのだろうけど、せめて1月17日だけはじっくり地震のことを考えたいと思います。

そしてあの時感じたことをいつまでも大切にし、若い娘たちに伝えなければと改めて思います。


今日は滋賀まで家族撮影に呼んでいただきました。
本当に仲の良い家族で、2歳の息子コウタくんはすっかりぼくにもなついてくれて、家の中を走り回り、みんなで大笑いして撮影を続けました。

毎日家の中で繰り広げられているかもしれないけれど、思いっきり幸福なこの光景に立ち会えることに感謝にしなければと思います。

そう思って運転中の帰り道。道路はキラキラ輝いていました。


河田洋祐

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50年アルバムという商品を僕たちは提案しています。

50年アルバムとは結婚式の撮影からスタートして、年に一度記念写真を撮ってゆき、アルバムに貼り付けます。50年後にすべてのページが埋まって1冊のアルバムが完成するというもの。

50年後、最初の写真は2人だけで写ったものでも、時を重ねるごとに子供ができ、子供結婚しやがて孫ができていてみんなで写真に写る…そんな家族の移り変わりをアルバムに残せたら素敵だなあと考えています。

もちろん1年に何枚もの写真を使っても良いし、言葉や絵を添えても素敵だなあと思います。子供ができたら子供の手型なんか入れてもオッケー!


お客様に50年アルバムの話をすると「良いですやん!」って結構乗り気になって下さいます。

「ぼくの頭ツルツルになってるかも」

「老人ホームに撮りに来て貰わないといけないかもしれませんね」

「河田さん90ですやん、生きてるんですか?」

なんてかなり盛り上がります。

そんな50年アルバムを頼んでくださったまあくん、にのさん夫妻の撮影に昨年末行ってきました。

1年目はお父さんが住む琵琶湖での撮影、2年目はお子様が生まれ家族3人で。(長く住んだ東大阪からもうすぐ引っ越すということで思い出の場所を自転車で撮って回りました)

そして今年は新居が出来たので新居で。

撮影の際は1年ぶりに顔を合わせるので、決まってこの後1年のお互いの出来事を報告をします。

そしてパチパチと写真を撮る。

長男のアオイくんはすっかり立ってひとりで遊ぶことができるようになっていて、その姿に驚きます。
(1年前は首も座っているかどうかの赤ちゃんだったのに)

まあくんちのリビングには50年アルバムが飾ってありました。

中身を見せてもらうと、1ページに何枚もの写真がびっしり。しかもその年の家族の出来事もたくさん書いてあって、この1冊に家族の歴史が凝縮されていました。

「毎年1ページを完成させるのが恒例行事になってるんです」

と、にのさん。嬉しいです!

このアルバムが完成するまで長く、まあくん、にのさん家族とお付き合いが続くと思うと嬉しくてたまらないし、
50年アルバムがあって良かったと思います。

ちなみにアルバムの最初のページはまあくんとニノさんがアルバムを縫っていところの写真。

50年アルバムを自分たちで作りに来ることだってできるのです。

2011年の結婚式・ロケーション撮影から写真は始まり、3年間だけでも、ご両親と琵琶湖での撮影、引っ越しをするので去ることになる思い出詰まった街中で撮影、アオイくん誕生、ご新居での撮影・・・
家族の沢山の出来事を写真に残すことができました。

これから先もさまざまな歴史が刻まれるアルバムになりでしょう。

どんな写真を残すことができるか楽しみでなりません♪


河田洋祐

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ロケーション撮影や結婚式からふたりの撮影はスタートしました。2011年のこと


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昨年末の撮影。アオイくんはすっかり大きくなりました!


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