ケープ・ライトのdiary

20110316

3月11日に起こった震災・津波。

ぼくは映像で想像を絶する悲惨な光景を目にすることになった。
崩れた家の中に人は居なかっただろか。波にのまれた車の運転手は無事に逃げられただろうか。
ぼくの頭の中ではそれくらいの心配をするのがやっとのことだった。
それくらいの想像力しか持ち合わせていなかった。


逐次配信される災害のひどさ。

ぼくは16年前の阪神大震災を経験して、いかに強い地震がむごいエネルギーを持っているかを身をもって知った。
倒壊した自分の住む家。廃墟となった通い慣れた三宮センター街。
余震におびえながら壊れた家で家族身を寄せ合ったこと。
瓦礫から発生する粉じんの不快感。国道には毛布をかぶって家財道具を持った被災者が列をなして東へ向かっていた。
阪急の高架は崩れ、電車は脱線しいつまでたっても普及しない。

ぼくはこの時の記憶が長く人生で最悪の光景として残っていたが、今回の災害の情報に触れるにつけ、あまりの悲しみの大きさに身が震える。

そして自身が被災していないにもかかわらず、悲惨な報道は脳の中に蓄積されるようで、朝は起きることができないくらい疲労感でいっぱいだ。
でもこれに目を背けてはならないと思う。

今ぼくにできることは多くない。

今ぼくができること。

それは今起こっていることを知り、想像力を働かせることだと思う。

2003年に宮古や釜石を訪れたことがある。
どちらも小さな街だった。8月にしては涼しい日、列車から見える太平洋は波一つなく穏やで海の黒さが印象的だった。
駅前にいた高校生。ふと降りた三陸鉄道の駅で会話を交わした地元のおばちゃん。
それから8年後の今、そういった人たちは今どこで何をしているのだろう。降り立った浜辺はどうなっただろう。

被災された方の悲しみ。家族を失った方の悲しみ。命を落としてしまった方の無念さ。

目を背けたくなることばかりが現実だが、ぼくはその現実に向き合って生きて行かなければならないと思う。
自分の容量では受け止められない量の悲しみと苦しみに気持ちが張り裂けそうだとしても、決してこのことを頭から消し去ってはならない。目を背けてはならない。

今回の震災で被害に遭われた方に一日も早い平穏な生活が戻りますように。
そして、現在進行している放射能汚染が一日も早く終息に向かいますように。

カワタヨウスケ
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