ケープ・ライトのdiary

20130117

_DSC5967.jpg

_DSC5971.jpg


寒さが苦手なぼくは、これでもかっ!と言うほど大げさに厚着をしてHAT神戸を歩きました。

ここは阪神淡路大震災後にできた街。

マクドナルドもスーパーものんびりしたいつもの雰囲気だけれど、1995年の今日はそうは行きませんでした。


1995年の今日、阪神淡路大震災は起こりました。




19歳の時に震災に遭って強く感じたこと。

たとえば人のつながりの大切さも、もちろんそうだけれど、震災を境に自分の中で変わるきっかけになったこと、それはこの世に「絶対」なんてことはないということ。

いつまでもあり続けると思い込んでいたぼくが住む夙川や三宮の街は一瞬で崩れ落ちた。(それどころかぼくが住んでいた家も崩れた)
時間に遅れることもなく毎日正確に走っていた阪急電車は高架が倒れ、半年たっても走ることはなかった。
水道やガスを使うことは諦めなければならなかった。

何となくぼくが生まれる前にできて当たり前のようにあったシステムが一瞬でなくなったことは、
その時はうまく事態が飲み込むことができなかったけれど、時間が経つにつれ、とんでもないことなんだな・・と思う。

カタチあるものはいつかなくなる、なんてよく言うけれど、それは本当だったんだ、と身を持って知らされた。

その体験から18年。
つくづく今当たり前のようにあるものを大切にしようと思う。

蛇口を捻って水が出て、温かいお風呂に浸かれて、ゆっくり眠れる布団があって、時間通りに電車がやって来て・・・
そう思うと、いつもうるさいな~なんて思ってしまう娘や妻のおしゃべりやいびきも大切なモノだな、と思えてくる。
こんな文章を書くと、今夜娘たちの寝顔を見るのが楽しみになってさえ来る。

普通の日常がかけがえのないものだった、と知らされる。


年を重ねるごとに震災のことを思い出す機会は減ってきてしまいました。
でもせめて1月17日だけは95年のことを考えて過ごしてゆきたいです。

今日はHAT神戸にある「人と防災未来センター」で震災当時の映像を見て来ました。
帰り道に見た今の街のだたずまいは奇跡のように美しく見えました。



河田洋祐


下の写真は年末に撮った娘たちの写真。この笑顔がいつまでも続く世の中でありますように。


_DSC5526.jpg

_DSC5504.jpg


関連記事