ケープ・ライトのdiary

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初めまして。
この4月からケープライトにやってきました、矢寺梨奈(やてらりな)と申します。
よろしくお願いいたします!




先月、私たち5人は1泊2日で東北へ行ってきました。



飛行機で関空から仙台空港へ。
初日は一日中、不安定なお天気でした。
仙台駅周辺で朝ごはんを食べて、気仙沼へ。


商店街や、その近くの震災の名残のある場所を見たあと、
河田さんが2年前気仙沼で知り合ったおじさん、通称ウメさんに会いに、安波山(あんばさん)へ向かいました。


安波山は震災当時非難場所になったそうで、今では集合してお祈りしたりライブをしたりもするようです。
ウメさんも参加されたそうですが、当時の映像を見るのは辛いとおっしゃっていました。


ウメさんは当時の様子をよく覚えていらっしゃって、私たちに丁寧に教えてくださいました。

どこどこの娘さんが流された
警報が聞こえたとき急いで仕事を切り上げようと呼びかけた
震災後みんなと再会したらわっと駈け寄られて…

細かい、でも鬼気迫るエピソードひとつひとつが、ニュースや新聞よりずっと現実的で、
私の頭の中を助けてくれました。


たくさんのお話を聞かせてもらって、ウメさんとお別れしました。
私たちをあたたかく出迎えてくださり、親切にしてくださったウメさん。
本当にありがとうございました。
また会いに来ます!



この晩、私たちは陸前高田にある"箱根山テラス"という宿泊施設で1泊を過ごしました。
とても居心地がよく、旅の疲れが癒されました。
星がとってもきれいだったので、私は必死でカメラにおさめました。


*****


翌日はとてもいいお天気でした。



陸前高田の商店街にも寄ったあと、"奇跡の一本松"を見に行きました。

その地域は一面、工事工事工事。
まわりにはクレーンとフェンス以外何もなく、ただ土の地面とぬかるみが広がっているのみです。

その中に、ものすごい高さの松が、たった一本だけ立っていました。

今ではレプリカとなったそうですが、7万本あった松の森が全てなぎ倒されるような津波の中、
たった一本だけ生き残った奇跡の一本松。
どんな状況だったのか、どんな意味があるのか、理解に苦しみました。


ですが、そのあと入ったカフェに置かれていた絵本の表紙が奇跡の一本松だったので、
ふと気になって読んでみました。


そのお話の主人公は、奇跡の一本松で、自分だけが生き残ったことに悩み苦しみます。
いっそ自分も死にたいと思っていたある日、夢に死んだ家族松たちが出てきます。
7万本の松の仲間たちが、震災当時、この子だけは死なせてはいけないと、津波に立ち向かったのだと聞かされます。
生きて、死んだ仲間の分まで生きなければならない。
その日から、一本松は一生懸命に成長し、やがて、新しい命のお母さんになりました。


私は、生き残った一本松について、少し考えることが出来ました。



そして私たちは陸前高田をあとにしました。


*****


この旅では、一本松、むきだしの配線や鉄骨やコンクリート、ウメさんのお話、何百台も並んでいるトラック、
工事のガチャンがチャンいう音、海岸の空気、閉店した店、新しい店、絵本、ごはん、星、
色々なものを見たり聞いたりしました。

人の気持ちまでは想像しても到底しきれません。
でも見聞きしたものを頼りに、ほんの少し、感じることができたのかなと思います。


ただ、正直な感想を一言で言うと、
東北、めっっっちゃいいとこ。

自然がいっぱいで、綺麗で、広くて、美味しくて、楽しかった。



東北、ありがとう!

また絶対来よう。

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